今はまだ、

教員5年目/Twitter(https://mobile.twitter.com/ikedamis0n0)

帰りたい

いやなことがあった。

 

クラスの子どもはかわいい。でも、それ以上に、自分の不甲斐なさに腹が立つ。

今の職員室の雰囲気は悪くない。でも、それだけに、自分の実力不足に打ちのめされる。

 

いやなことがあった。

どうしようにもなく、自分のせいでしかなかった。

 

やらなければいけない仕事はあったけれど、逃げるように17時に退勤した。

早く帰るのは、嫌いだ。

きっと後ろ指を指されている。きっと陰口を叩かれている。そんな気がする。

被害妄想だと分かっている。でも、自分では走り出した思考を止められない。

 

いやなことがあった。

当分止めていた煙草が吸いたくなった。

 

帰りに寄ったショッピングモールのコメダ珈琲が完全禁煙になっていた。

喫煙室を探すと、広いフロアーの隅の隅にあった。

その薄暗さが、ありがたいと思った。

 

いやなことがあった。

こんな日は、真っ直ぐ家に帰るべきではないと経験則で知っている。

 

小学生の頃から、道草は得意だった。

ぽつぽつと思考が浮かんでは沈む。

沈み切って、消えるまで、たらたらと家路を辿るのだ。

 

いやなことがあった。

完全禁煙のコメダ珈琲でこれを書いている。

 

まだ、家には帰れそうもない。

 

二等辺三角形のことば

小さい失敗が重なった/職員室の目が怖い/焦りは子どもに伝わる/子どもはどこまでも健気だ/申し訳ない/失われる余裕/呼吸が浅くなる/久方ぶりの絶望を噛み締めた/懐かしい希死念慮/こんな仕事、辞めてやる/帰れない定時退勤日/小3からずっと同じ悩みを抱えている/教育観は語らない/深呼吸/1学期の終業式に撮った学級写真の中で子どもたちは笑っている/気持ちを奮い立たせる/立ち上がって帰るのにだって気力は必要だ/泣きながら車を運転して帰る/夜はやさしい/コンビニでチューハイを2本買う/飲まなきゃやってられっかよ/睡眠導入剤抗うつ薬/私が死んだらあの子たちは泣いてくれるだろうか/夢は見なかった/ため息とともに起き上がる/朝だ/ユニクロの白いシャツとGUの黒いスラックス/履き潰したニューバランス/バカでかいカバンの底に退職願/機械的に通勤経路をなぞる/働く

お願いだから

9月1日。

この日に身構えてしまうのは、最早職業病と言ってもいいかもしれない。

静かさばかりが耳をつく教室でひとり、新学期の準備をしている。

 

7月の終わり。

「よく頑張ったね」「夏休みも元気でね」

ーありふれた言葉とともに、通知表を手渡した。心からの本心だった。

「先生、宿題多くない?」「文句を言ったら増えますよ」「えー!」

ー予定調和のふざけ合いが、その日はやけに心地よかった。

「先生、さよーなら!」

ーまるで明日も学校に来るみたいな呆気なさで彼ら彼女らは約40日間の夏休みに入っていった。

 

そして、9月1日がやって来る。

 

学校は始まるのだろうか?始まったとて、この時期この状況で、学校は安全で安心な場所であれるのだろうか?あの子たちは元気に登校して来てくれるだろうか?宿題は終わっただろうか?

 

どうか、何事も起きませんように。

どうか、あの子たちに平穏な日々を。

そう願ってやまない。

 

いい仕事がしたい。

最近、とある先生の背中ばかりを思い出している。

その先生は私の初任者指導担当で、出来の悪い私を叱るでもなく、ただ見守ってくれていた。褒められることなんてめったになかったけど、その代わりにいい仕事をした時には缶コーヒーを奢ってくれた。数学と煙草とコーヒーを愛し、授業を勝負と呼び、逃げることを許さず、徹底的に向かい合う。生徒たちとの距離感は気持ち遠め。そんな先生だった。


あの時、私は悩んでいた。とある生徒のテストの不正が発覚したのだ。学級委員を務めるような、明るくて快活で、でもちょっと打たれ弱い男子生徒だった。私は悩んだ。悩む私に、その先生は言った。


「機嫌良く笑っているばかりが大人じゃない。俺なら絶対許さない」


絶対許さない。

その潔癖さ、揺るぎなさ、そして確固たる信念。

それを、人はきっと矜持と呼ぶのだろうと思った。

 

 

へらへら笑っている場合ではない。

もっと、いい仕事がしたい。

思うことは罪ですか。

 

上手くいかない。どうにもならない。もうこれ以上は。

言い訳のように心の中で呟いて、それでも毎日出勤している。

 

飲み込んだ言葉がある。

自分のために、子どものために、何かのために飲み込んで、言わなかった言葉がある。

腹の中がぐちゃぐちゃでも、笑っていた、そんな放課後の職員室もあった。

 

思うことはたくさんある。

主義も主張も、抱えて生きている。

言われっぱなしだけど、まだ負けちゃいないんだ。

 

のっぴきならねえ

「のっぴきならねえなぁ」

 

思わず口をついて出た言葉に、クラスの子供たちが反応した。

 

「のっぴき?」

「のっぴきって何?」

「え、何?ろっぴき?6匹?」

 

「6匹じゃないよ、『のっぴき』……どうにもならない、みたいな意味かなぁ」

 

へえ、と子供たちが笑った。

言葉の響きに意識を取られて、意味の方はどうやら聞き逃してくれたみたいだった。

 

のっぴきならない。

追い詰められている。

ここが限界だと思う。

絶望的な朝を何度迎えればいいんだろう。

周囲の視線に耐えられない。

 

それでも、運動会までは。

取りあえず、運動会までは。

のっぴきならんくても、歩いていかなければ。